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最高裁判所第一小法廷 昭和53年(行ツ)41号 判決 1980年2月14日

大阪市南区難波新地三番町四五番地先

上告人

有限会社

中山薬局

右代表者代表取締役

中山泰

右訴訟代理人弁護士

林田崇

大阪市南区田島町二五番地の一

被上告人

南税務署長

岡山亮次

右指定代理人

豊住政一

右当事者間の大阪高等裁判所昭和五一年(行コ)第二八号法人税更正決定取消請求事件について、同裁判所が昭和五二年一二月二二日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人林田崇の上告理由について

租税特別措置法六四条五項の定めるところによれば、確定申告書等に同条一項の規定により損金の額に算入される金額の損金算入に関する申告の記載又は右金額の計算に関する明細書等所定の書類の添付がない場合においても、税務署長がその記載又は添付がなかったことについてやむを得ない事情があると認めるときには、当該記載をした書類の提出があった場合に限り、同項所定の特例を適用することができるものとされているところ、原審の適法に確定した事実関係によれば、上告人は右書類等の提出をしないまま本件更正処分を受けたものであることがうかがえるので、すでにこの点において、論旨は採用するに由ないものというべきである。その他、所論の点に関する原審の判断は、原判決の説示に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、いずれも独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中村治朗 裁判官 団藤重光 裁判官 藤崎萬里 裁判官 本山亨 裁判官 戸田弘)

(昭和五三年(行ツ)第四一号 上告人 有限会社中山薬局)

上告代理人林田崇の上告理由

原判決は、判決の影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背により破棄をまぬがれない。以下詳述する。

一、本件に於ける第一審以来の法律上の争点は、租税特別措置法第六四条第五項の解釈適用に関するものである。

右の点に関する上告人の第一、二審に於ける主張を要約すれば次のとおりである。

(一) 上告人は大阪市南区難波新地で薬局業を営んでいたところ昭和四三年九月二日大阪市の都市計画に基く収用を前提として、立退をなし金五四、五八二、八〇〇円の補償金を取得し、これを資金として次の設備投資をなした。

1 昭和四四年 四月 土地購入金一一、七〇四、九九八円也

2 昭和四四年一一月 ミナミ地下街店舗賃借保証金

金一九、一四七、五〇〇円也

3 昭和四四年一一月 建物建築金一一、七五〇、〇〇〇円也

(二) 所が右代替資産の取得は次事業年度に亘るため、これを一旦特別補償勘定に計上した上で、昭和四五年五月三一日決算に於て、補償金のうち対価補償に該当する金二六、六四四、〇〇〇円につき租税特別措置法第六四条第一項による圧縮記帳の処理をすることにしたが、右1、3の土地及び建物の合計金二三、四五四、九八八円についてしか圧縮記帳による利益を受けられないので、関与税理士の山本洋太郎に対し、右の措置を依頼した。

(三) これに対し右山本洋太郎は、右3の建物の代りに2の賃借保証金につき圧縮記帳をすることができればより納税者に有利であると考え、右決算期の申告前に南税務署の納税相談を受けたところ、右山本自身がミナミ地下街賃借保証金を通常権利金と呼称しているものと速断したこともあって、右保証金一九、一四七、五〇〇円について圧縮が可能である旨の誤った回答を得たため、上告人の当初の依頼の趣旨に反して右1、2の分でもって圧縮記帳をなした上で、昭和四五年五月三一日決算期の法人税の確定申告を了した。

(四) 右申告に対し被上告人は昭和四七年一一月三〇日付で、右2のミナミ地下街賃借保証金の圧縮損を認められないとる更正をなしたものであるが、右申告は元来右1、3の土地と建物とを以って圧縮記帳の対照として圧縮損を計上すべきものであるが、前項に述べた事情で3の建物について租税特別措置法第六四条第四項が要求する「確定申告書に第一項の規定により損金の額に算入される金額の損金算入に関する申告の記載ならびに、当該確定申告書等にその損金の額に算入される金額の計算に関する明細書その他大蔵省令で定める書類の添付」がなされていなかったので、右更正処分に先立つ法人税調査の時点で、申告時のミスにより右建物に関し同法第四項に規定する「申告書記載」ならびに「明細書の添付」がなされたものであるから、ミナミ地下街賃借保証金の圧縮記帳を前提とする申告が誤っているならば、建物の分で圧縮損の計上をすることができた筈であるから振替えてほしい旨説明し、被上告人の法人税調査担当者もこれを了としてその実行につき、協議し、準備していた矢先に突然本件更正処分が強行されたものである。

(五) 所で租税特別措置法第六四条第五項に「税務署長は、前項の記載又は添付がない確定申告書等の提出があった場合においても、その記載又は添付がなかったことについてやむを得ない事情があると認めるときは、当該記載をなした書類並びに同項の明細書及び大蔵省令で定める書類の提出があった場合に限り、第一項の規定を適用することができる」旨の規定がある。

右(三)に述べたところに従えば、本件法人税の申告に際し、建物につき申告書の記載ならびに添付のないことは依頼を受けた税理士のミスに由来するものであり、税理法第一条の「税理士は、中正な立場において、納税義務者の信頼にこたえ、租税に関する法令に規定された納税義務を適正に実現し、納税に関する道義を高めるように努力しなければならない」との規定によって明らかな如く税理士は単なる納税者の利益代弁者でなく、税務当局側の収税にも協力すべき立場にあるものと理解されてきたこと、更には前記山本税理士が南税務署に於て相談した際の質問の仕方に問題があるが、半面ミナミ地下街の店舗に関しては南税務署管内の重要事件として国税当局の業務にたずさわる者としては常識として賃借契約の内容を知り従って質問の仕方に間違いがあることを知り得べき立場にあるにもかゝわらず、漫然と聞き流して、過った判断を前記山本税理士に抱かしめたのであるから、租税特別措置法第六四条第五項に所謂「やむを得ない事情があると認める」べき事由があるものと解しなければならない。

二、右主張に対し原判決は理由一の2の(二)の(2)に於て「税理士のミスと措置法第六四条第五項との関係についての控訴人の見解は、同人独自の意見であって採用できない」とし所謂「やむを得ない事情」と認めるべきか否かについての判断は明示されていないが、結局これを否定する判断をなしたものと解されるので、この点について先ず法令の解釈適用上の誤りを犯しているものと謂うことができる。

三、租税特別措置法第六四条第五項の今一つの要件である「申告書の記載」と「明細書等の添附」について、要するに追完に関する規定であるが、これらを何時、如何なる方法で追完するかと云うことについては何ら規定されていない。そこで一般論として考えれば、通常納税申告書を提出した者が、申告書に記載した事項を訂正し、その訂正の趣旨に副った税額、純損失額、還付金の額に変更せしめる方法としては、租税特別措置法第二三条第一項による更正の請求によるか、同法第一九条第一項による修正申告の方法による以外は無い。このうち前者は納税申告書の提出者にとって利益な方向への変更を求める場合、即ち納付すべき税額が過大である為これを適正額に是正する場合(同法第二三条第一項第一号参照)純損失金の計算が過少である場合(同項第二号参照)還付金の額に相当する税額が過少である場合(同項第三号参照)の救済手段であって、当該申告書に係る国税の法定申告期限から一年以内(本件に於ては昭和四五年五月三一日が決算期であるから法定申告期限は同年七月三一日であり、従って更正の請求は昭和四六年七月三一日までになさなければならない)。次に修正申告に於てはこの逆に納税申告書提出者にとって不利益な方向への変更を求めるものであって、国税通則法第二四条(更正)の規定による更正があるまではこれをなし得ることになっている(同法第一九条第一項参照)。従って税額等の計算に全く変更のない場合には、更正の請求及び修正申告のいずれの方法によっても、納税申告書の記載内容を変更することは不可能となり、折角租税特別措置法第六四条第五項により申告書提出時のミスを是正する制度が設けられながら、これを実現する方法が無いということになるので、結局は法律の不備と云う外はないものと考えられる。

ともあれ本件にあっては、賃借保証金を建物に振替えることによって、純損失金の減少を来す場合であるから、修正申告によることが出来ると考えられるが、既に述べたことから明らかな如く、被上告人は、納税申告書提出者である上告人から、租税特別措置法第六四条第五項の趣旨に則した申告書(修正申告書)及び必要書類を提出する旨の申し出を受け、且つその準備をなしていることを知りながら、敢て本件更正処分を強行し、同条第五項による救済を受ける権利を不当に奪ったものであるから、本件更正処分は違法にして且つ取消されるべきことは明らかである。

以上

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